07 | 2010/08 | 09
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ご訪問いただいた方

プロフィール

陽花

Author:陽花
自然が大好き! 
だけど「人」も好き。

子どもの部活追っかけの合間に、
趣味の保存食作り、野菜作りもボチボチ進行中。

カテゴリ

最新コメント

最新記事

月別アーカイブ

お気に入り

検索フォーム

RSSリンクの表示

スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

原クン

2010.08.21 22:07| 私の昭和
第92回全国高校野球選手権…夏の甲子園、終わりましたね~。

一昔前なら、決勝戦の頃は暑さも峠を越え、どこか初秋を感じさせるのですが、
今年は暑さMAXでした。

その中で、興南高校の春夏連覇は素晴らしい快挙ですよね
沖縄のチームというだけで、判官贔屓されていた時代を知っている者としては、
ただただ感無量です。
本当におめでとうございます


さて私、準優勝の東海大相模高校には思い出があります。

同校OB巨人軍監督・原辰徳氏…原クンとは同じ歳です。
大ファン!というわけではなかったのですが、山口百恵ちゃんと同じで、
我ら同級生のスターでしたね
とにかく、高校時代から「華」がある選手でした。
「超高校級」という言葉がマスコミで使われ始めたのも、彼が1年生の夏に華々しく甲子園デビューした頃だと思います。

今でこそ、縦じまのユニフォームは珍しくなくなりましたが、当時はとても垢抜けていてオシャレでした。
その縦じまのユニフォームに、イタイ思い出があるのです。

私は高校時代を熊本県で過ごしました。
高2の5月に、招待高校野球で熊本の藤崎台球場に、飛ぶ鳥を落とす勢いの東海大相模高校がやってきたのです。
東海大相模には原選手だけではなく、熊本出身の津末外野手や村中投手などのスター選手がそろっていて、球場は満員御礼の大フィーバーでした。

地元の東海第二高、今年も大活躍した九州学院もその招待試合に出場していました。
2校とも縦じまのユニフォームで、東海第二は東海第相模と全く同じユニフォームでした。
それが、私達の恥かしい失敗につながるのですが…

試合が終わった後、原クンにサインを貰おうと、友人5人と球場外で待つことにしました。
出てみるとすでに選手の周りは取り巻きでいっぱい!
「あ~ぁ」とがっかりしていると、人ごみから離れた所に、
縦じまのユニフォーム『5』の後姿が目に入りました!

「きゃ~!原クンだ

と、迷うことなく色紙を持って皆で突撃!
追いついて真正面に回りこんでみたら、

「あ、。。。。」

もうおわかりですよね。。。
そうです、東海第二の『5』の選手だったのです

ガッカリなんて思う暇なく、その選手にただただ申し訳なくて。
彼は苦笑いしていましたが、とにかく皆で何回も何回も謝った私たちでした。


どっかにあったな~と探してみたら、出てきました! 
その夏のアサヒグラフ夏の甲子園特集号です。
なぜ大切に保存していたかというと、表紙が我らがヒーロー原クンだったのが一番の理由ですが、
発行日が私の誕生日だったのです。

今から35年も前の懐かしいお話です



F1000170.jpg

1クリック投票で応援していただけたらうれしいです
  ↓  ↓  ↓  
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。