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陽花

Author:陽花
自然が大好き! 
だけど「人」も好き。

子どもの部活追っかけの合間に、
趣味の保存食作り、野菜作りもボチボチ進行中。

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信じるものは救われる?

2010.12.24 12:53| 日々の暮らし



image.jpg 素敵なイブをお過ごしですか?



毎年イブの夜になると思い出すことがあります。
それは初めてもらったクリスマスプレゼントのことです。


私が小学校3年生の時のこと。
朝起きると枕元に、小さなりんごと乾パンが2コずつが置かれていました。
今の子どもたちには信じられないかもしれないけど、
昭和40年代、それも山奥の貧しい寒村で、クリスマスプレゼントなんてありえないことでした。

だから、その朝の私たち姉妹の喜びようったら尋常でありませんでした。
その時の胸の高鳴りを今もハッキリ覚えているくらいですから。

りんごも乾パンも「ご馳走」でした。
りんごなんて風邪引いた時にむいてもらえるくらいだったかな。
乾パンはその時に初めて食べました。
三姉妹でニッコニッコの顔して、少しずつちぎって、おいしい!って食べました。


妹達は「サンタさんからだ!」とはしゃいでいましたが、
それを否定はしなかったものの、私は母からだってすぐにわかりました。
だって、りんごについていた「もみ殻」が土間にたくさん落ちていましたから(笑)。


典型的な田舎のオバちゃんの母でしたが、今思えばユニークな子育てだったかもしれません。
「ぶんぶく茶がま」「したきりすずめ」・・・たった2冊の絵本を、
歌ったり踊ったりしながら繰り返し読んでくれました。
それがとても楽しみだったり怖かったりしたものです。
すずめのお宿でもらった大きなつづらの中からオバケが飛び出す場面、
母の声や身振り手振りがそれはそれは怖かったものです。
お金は無いなりに、私たちを楽しませる術は知っている人でした。

そんな母だったので、私たちがサンタさんを待ち焦がれているのを知っていたのでしょう。
祖母がやっていた小さな小さなよろずやで、あれこれ悩んで買ったのでしょうね。
目に浮かぶようです。

でもこれがなぜか、後にも先にもたった一度のクリスマスプレゼントでしたが(笑)。


昔のりんごってこんな感じでしたよね。
りんご
これは長野出身の友人からのいただきものです。
もみ殻の入った木箱で昔は輸送されていました。

「懐かしい!!!」って思ったあなた
ムフ、お歳がバレますよ


サンタを昨年まで信じていた中1の息子、今年はネットで腕時計を注文しました。
でも、クリスマスの朝に部屋の中にこっそり置いてほしい・・・らしいです(苦笑)。
あの手この手でサンタさんになりきったプレゼント大作戦はムダではなかったのかな



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